戦国武将、山内一豊とその妻の千代の物語。千代は「内助の功」で有名なんだそうだけど、私はよく知らなかった。織田信長、豊臣秀吉、徳川家康と仕えた一豊の出世を支えたのは千代なのだそうだ。
有名なのは、結婚のときの持参金十両を使わずに、米升の裏をまな板代わりにして生活を切りつめた。そして夫の出世の切り札として名馬を買うときに惜しげもなくその十両を使ったという逸話。戦前の教科書に載っていたそうで、この話は年配の方にはよく知られているのだろう。その他にも、妻からの密書を開封せずに家康に見せて信頼を得たとか、関ヶ原の戦いの前に、城主となっていた掛川城を家康に明け渡して忠誠心を示したとか、逸話はいろいろある。それらがみんな妻の千代の知恵だったというのだ。
司馬遼太郎のこの小説では一豊は凡夫として描かれている。特別愚鈍でもないけれど、飛び抜けた才能もない凡夫一豊を妻の千代は自分の知恵で一国一城の主に仕立て上げてゆくのだ。なんだか楽しそうだ。
しかし一豊は一豊で、戦国時代の主な戦いにはほとんど参加していて、大きな働きはないものの、そこそこの成果は上げていてる。そして、何より、常に「生きて」戦場から帰ってくるのだ。これはある意味、才能である。生きているからこそ、出世の希望もあるというものだ。
変に立ち回りのうまい人よりも、コツコツと地道に愚直に生きている人のほうが好感がもてる。一豊というのはそういう魅力のある人物だ。私は好きなのだけど、著者の司馬さんには物足りないらしい。その物足りなさが、小説の中のあちこちに感じられて、司馬さんの人間味のようなものまで伝わってきて、二重に面白かった。 |