好きなニュースキャスターが二人いる。ひとりは安藤優子。もうひとりは筑紫哲也。テレビではとっさのコメントや表情などからその人の人間性がそのまま伝わってしまうことがある。生放送で、日々刻々と変わる社会の事件や事故や政治情勢を伝えるニュース番組のキャスターでは特にそれが顕著だと思う。いくら取り繕おうとしても、その人の知識や、経験や、思想までもがそのままストレートに視聴者に伝わってしまうのだ。
だから、見ている人は、より自分に近い感覚を持っているキャスターの番組を好んで見るのではないか。私の場合は、安藤さん、筑紫さんというのは、人間的に尊敬できるし、この人達の報道は安心して見ていられるし、その情報は信頼できると思えるキャスターだ。それは、幅広い知識だけではなく、その人の性格とか、人間味のようなものまですべて含めて、そう思える。
筑紫哲也がキャスターを務める「ニュース23」と比較するのによく引き合いに出されるのが、久米宏がキャスターを務める「ニュースステーション」。私は「ニュースステーション」はいつまでたっても好きになれない。この二つの番組は放送時間がずれているので、早い時間にニュースを見たいと思うと、「ニュースステーション」を見ることもあるのだけど、久米さんの断定的、高圧的なしゃべりがどうにも好きになれない。キャスターの所為だけでなく、あの番組を作っている人たち全体の雰囲気が久米さんを通して伝わってくるのだと思う。報道姿勢も片寄っているような気がするし、なんとなく、「この番組で放送されている内容を全面的に信用してはいけない」と思いながら見ている自分がいる。信用できないニュース番組ほど嫌なものはない。信用できないと思うと、天気予報まで信用できない気がしてくるから不思議だ。
「筑紫哲也のニュース23」という名が示す通り、この番組は、筑紫哲也色が色濃く出ている。この番組を見ていると、筑紫哲也という人がどういう人なのかがよく分かるのだ。そして、この『ニュースキャスター』という本を読んで、さらにその人柄や魅力がよく分かったような気がする。
旺盛な好奇心と、自分にも他人にも正直、そして文化・芸術にも造形が深い。そんな人柄が見る人に親近感と安心感を与えるのだと思う。スタジオにいるだけでは世の中のことはわからない、と週末には日本全国を飛び回っているというエピソードも、なるほどそういう人だからこそ、実体験にもとづく含蓄に富んだコメントを自信を持って言えるのだなとうなづける。
特に興味深かったのは、音楽や芸術に対するこだわり。番組のエンディングテーマにこだわって、自らミューシャン達に依頼して曲を作ってもらったり、番組の始まる直前まで劇場にいることも珍しくなく、そこで首相になる前の小泉氏とよく出会ったという。なんとなく、筑紫さんは、音楽や芸術を愛しつつ、それを通して出会う人たちが好きなんだなと思った。人というものが好きなのだ、きっと。
私は、インタビュアーとしての筑紫さんも好きで、通り一遍の質問をするインタビュアーが多いなかで、筑紫さんはこちらが聞きたいと思っていることを適格に相手から引き出してくれる。しかも、相手もそれに気持ちよく答えているのがわかる。この、相手も気持ちよくというのがポイントで、テレビを見ていて、インタビューされている人が不機嫌だったり、拒絶したそうな雰囲気をかもしだしていたりすると、見ていてもあまり気持ちがよくない。
この本のなかでは、インタビューのやり方として、「北風型」と「太陽型」があって、筑紫さんは自分は「太陽型」のインタビューをすることが多いと言っている。「北風型」というのは、相手の弱いところを強気に攻めてタジタジとさせるようなインタビュー方式。「太陽型」というのはその逆で、相手を気持ちよくさせて発言を引き出すような方式。個人的にはやはり、筑紫さんのような「太陽型」のインタビューのほうが好きだ。相手を窮地に追い込んでいくような「北風型」インタビューというのは見ていて胃が痛くなる。時にはそういうインタビューも必要だとは思うけれど。
名優アンソニー・ポプキンスへのインタビューでは、「北風型」久米宏キャスターの前では終止堅い表情だったホプキンスが、「太陽型」筑紫哲也キャスターのインタビューでは非常にリラックスして上機嫌だったという。映画のプロモーションで来日したにもかかわらず、筑紫さんのインタビューでは映画の話はほとんどしなかった。筑紫さんは、ホプキンスの生き方に興味があったと言っている。そういう、キャスターの正直な好奇心や日頃の映画やこの俳優に対する興味が見る人にも、インタビューの相手にもストレートに伝わり、信頼や安心感を与えるのだと思う。
私は、文化に造形が深い人というのは、世の中を決して悪い方向には持って行かないと思う。音楽や美術や演劇やその他いろいろの芸術というのは、平和な世の中だからこそ発展するものだと思うから。戦争のある国では芸術どころではない。人間が人間らしく生きられる世の中、自分を自由に表現できる世の中、そういうところで文化や芸術は発展してゆく。それを守ろうと思えば、戦争なんてできないはず。
だから、小泉純一郎首相も、筑紫哲也キャスターも、文化に造形が深いということでは信頼できるのではないか、と思ってしまうのだ。だから今、忙しすぎて好きな劇場にも通えない小泉首相のことが少し心配だったりもする。その分、筑紫さんにがんばってもらいたいものだ。 |