舞台美術家の妹尾河童さんの少年時代を描いた小説。だれにでも読めるように、文字が大きく、ルビもたくさん振ってある本文が印象的。
「少年H」っていうのは、匿名性を持たせたもっと深い意味のある名前なのかと思ったら、ただ単に、著者の子供時代のあだ名だった。胸に大きく「H」と編み込まれた母親の手作りのセーターを着ていたからついた名前。「H」は主人公・妹尾肇(はじめ)少年の名前の頭文字。映画や音楽や絵が好きで、新聞や本も大好きで、好奇心旺盛で、分からないことがあると近くの大人になんでも尋ねる男の子だ。
Hの父親は神戸で洋服の仕立て屋をしていて、外国人のお客も多かった。しかし、Hが小学校5年生の時に戦争が始まり、いままで平等につきあってきた外国人のお客さんも、敵の国の人と味方の国の人と区別しなくてはならなくなってしまう。父親はスパイ容疑で警察に事情聴取されるし、新聞はウソばかり書いているし、近所の人たちも本心を隠して生活している。Hから見ると、そんな戦争中の日常はおかしなことばかり。Hの家族はクリスチャンで、特に母親は熱心な宗教心を持っていて、常に「愛」を説いている。そのためか、Hの家族は他の家族と比べてちょっとおかしいのだけど、そんな家族の中で育ったHの目から見た戦争は、真実を見抜いているような気がする。
最近、よく思うのだけど、「戦争」と一括りにして「悲惨」だとか「繰り返してはいけない歴史」だとか言ってしまうけれど、実は、それは戦争を体験していないからそういう風に言えるのであって、戦争を体験している人にとっては、それは「その人にとっての『戦争』」で、ただ単に「戦争」と一括りにしてしまえるようなものではないのではないか。戦争を体験している人にとっては、歴史上の「戦争」と「自分が体験した『戦争』」の両方があって、実は戦争を体験していない私達がもっともっと学ばなければいけないのは「体験談としての『戦争』」なんじゃないかと思う。
少年Hは神戸の空襲で家を失う。そのときに、町中が火に包まれ、焼夷弾が降り注ぐ中を母親をつれて必死で逃げまどう。それはもう、本当にそのときに死んでしまったとしてもおかしくない状況で、Hにとっては神戸の街全体が焼け野原になってしまったと思えるくらいの空襲だった。でも、あとになって、街の半分は焼け残っていると分かった。私たちの知る空襲というのは、焼けた場所と残った場所を色分けされたような地図で見て、「このくらいが焼けたのかぁ」と単純な感想しかもてなかったりするけれど、実際の体験談はそんな俯瞰した見方はできなくて、猛火の中を必死に逃げまどうというHの体験のようなのが本当の戦争なんだと思った。個々の体験の集合が「戦争」。その個々の体験をもっともっと大切にしないと、私たちはまた戦争を始めてしまうかもしれない。なんだか、今の日本を見ているととってもハラハラする。
私は幸運にも、戦争を体験した方のお話を何度か聞いたことがある。当たり前だけれど、人それぞれに様々な体験をしている。8月15日の玉音放送を聞いたときの感想にしてもそれぞれに違っていた。その内容がわかったか、わからなかったかも人それぞれ。しかし、戦争の話をするときに、聞く方は悲惨な話だと思って聞いてしまうのだけど、話す方は時々笑い話を交えて話してくれる。十代に戦争を体験した人にとって、戦争の話というのは青春時代の話でもあるからかもしれない。あとから見ると悲惨な時代でも、その当時を必死に生きていた人たちにとっては輝かしい日々でもあったのかもしれないと、時々思う。この『少年H』も悲惨な戦争を描きながら、Hの輝かしい青春の日々の記録でもあるのだ。 |